Meycough Works

+7+

  1. novel
  2. 奇会的光陰観測
  3. here

わたしが現在記をしている間に、イラは部屋から無事脱出した。わたしは有也の母に人差し指を突きつける。
 有也の母の目が焦点を結ぶ。
「……あれ? 紫条くんは?」
「いないよ」
「小鳥遊さん、いつ来たっけ?」
「澤村と一緒に来ましたけど」
 機械装置研究所の手はきちんとのびてきている。わたしより数段上手だ。悔しいが認めざるを得ない。
「ごめんなさいねぇ、私もボケてきたのかしら。紫条くんの具合が悪そうだったからおかゆ作ったんだけど。小鳥遊さん、有也、食べる?」
「食う」
「いただきます」
 毒が入っていたら厄介だな、とわたしは思った。研究所の所員が暗示をかけたのはどのタイミングだろう。作っている時だろうか。器に盛られた白いおかゆはわたしの目に必要な情報を与えない。
 有也の母がおかゆをふたつの皿に盛り直して持ってきた。有也が何も考えずに食べ始めたので、わたしは有也に毒味役になってもらうことに決めた。
「あつっ」
 スプーンを口に入れ、はふはふと有也はおかゆを食べる。
「メーコ、食べないのか?」
「わたし猫舌なの」
 本当だが。
 有也は何ごともなくふた口、3口と食べている。
 大丈夫なのかな、とわたしもスプーンでおかゆをすくった。
 ステンレスのスプーン。腐食しないから分からない。
「味薄いのはおかゆだからだよなぁ。梅干しくれって母さんに言えば良かった。ろくに味がしない」
「わたし言ってこようか?」
「いや、いいよ」
 食べる。まだおかゆは熱い。毒は……入っていない、のだろうか。遅効性の毒を使うかも分からない。
 研究所に対する知識が足りない。推測もろくにできない。
「いつの間に母さんが操られたんだろうな」
「澤村、それもそうだけど、まずおかゆに毒入ってるかどうかを心配しようよ」
「……あ」
 遅い。もし本当に毒入りのおかゆだったら今頃息してないかもしれないじゃないか。
「だ、大丈夫かな俺たち?」
「もう食べたからね……。大丈夫だと思いたいよね」
「ああ。……イラ、大丈夫かなぁ」
「そこはイラさんに今後頑張ってもらうしかないよね。次、どこ行くつもりなんだろう。行けそうな場所が思いつかない」
「あのプレハブにはまちがいなく戻れないだろうしなぁ」
「同じ理由で清にぃの家もご両親のオフィスも全部だめだもんね」
 有也は考え込んでしまった。
 わたしや有也がイラのためにできることは少ない。研究所の裏をかければベストだが、そんなモノ思いつくはずもない。
「清にぃに連絡してみるべきかな」
 わたしはスマホを取り出す。着信2件。清にぃからだ。
「清にぃ? うん、澤村の家にいますけど。梨希さん? わたしがここでイラさんの行動を言うのは怖いです。だってさっきまで研究員の誰かがこの家にいたんですよ。澤村のお母さんに暗示かけてきました。わたしと澤村は毒入りのおかゆ食べたかも」
『これだから。何があったのか予想がつかないわけじゃないけど、いきなり連絡が取れなくなったから。あいつ、どこまで説明した? もうメーコちゃんも澤村くんも無関係じゃないから、分かる範囲で説明したいんだけど』
 有也が何か言っているが、わたしは清にぃに返事する。
「是非ともお願いします。どこに行けばいいですか?」
『えーっと、そうだねぇ……』
「メーコ、俺も」
 話が聞こえていたのか。
「分かりました。清にぃの家ですね」
 一方的に通話を切った。
 有也がもう行く用意を始めている。わたしも瞬間移動ができれば良いのに。現在記で試したことはあるけど、できなかった。
「機械装置研究所は、なんのためにイラを研究してるんだ」
 大分暗くなってしまったが、このままわたしも家に帰りたくない。ここはあとで家族の記憶をごまかしておこう。
「それはわたしには分からないけど。全人類のためとかだったら笑えるね」
「……ここか? 清にぃの家」
 珍しくわたしの言葉をスルーした有也は、マンションを見上げた。ここだ。わたしは返事せず中に入る。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。手短に説明しよう。時間もないしね」
 玄関でそう言った清にぃの顔は気を張っているせいか表情がかたい。
「研究所は未来を知りたいんだ」
「それだと漠然としすぎてますね」
「未来を史実のように知りたいというところらしい。花姫――機械装置研究所の所長の願いだね。
 そこに未来記なんて能力を持った子供がいたら、売って欲しくもなるかもしれない。人間の限界なんて知らないとか高笑いしそうな人なんだ」
「青柳黎明、というのは」
「零落のことだね。この零落は、って自分のことを言う変な人だよ」
 有也が目を白黒させている。
「機械装置研究所を止める手立てはあるんでしょうか」
「あれば良いねぇ」
 ため息をつく清にぃ。
 座ったわたしと有也に、ごめんお茶も出してなかったね、とインスタントコーヒーを淹れてくれた。
「他に今言えることとしては、まだ今の段階ではイラは死なないことくらいかな」
「そうなんですか?」
 有也が驚いて訊く。
「じゃああいつ、今回逃げられなかったとしても、死なないんですか」
「たぶん。殺すならもっと簡単な気がするしね」
「死ぬ時は勝手にいなくなりそうですね。猫みたい」
「一応同意しておこうか。それから、研究員の最後のひとりには重々注意して欲しい。権力を持ってる」
「ユキさんですか」
「そう。現実社会で1番目立つところにいる。注意するだけ無駄かもしれないけど、知っておけばなんかの役に立つかもしれない」
 端的に言えるのはこれくらいだ、ということで、わたしと有也はばたばたと帰宅した。
 清にぃの家は片付いていたが、受験生にとんだ迷惑をかけたとも思う。