Meycough Works

+6+

  1. novel
  2. 奇会的光陰観測
  3. here

澤村家の上空に来ている。飛行もなかなか気持ち良く風が吹くものだ。
「ここからじゃさすがに分かんないわね」
「下りるしかないけど、下りたら捕まりに行くようなものだよ」
「わたしが行けば大丈夫かしらねえ?」
「アナタが下りてこの鞄が浮いている保証がないんだが」
 不毛な意見交換の末、ワタシとナシキは澤村家の庭に下りた。窓から見る限り、家の中には有也の母しかいないようだった。いくらなんでも彼女にまで被害が及ぶことはあるまい。
「早退してきたことにすると良いかもしれない」
「わたしも賛成よ。魔女は怪しい人間を感知してないわ」
「アナタの能力なのか、それは」
「ふふ。どうかしら」
 ナシキは旅行鞄で飛び去って行った。ワタシは陰で制服に着替える。
 ワタシは澤村家に入る。
「具合が悪いの?」
「はい。すみません」
「謝ることないのよ。わたしも誰か人がいてくれた方が気が楽なの。その……最近娘を亡くしてしまって」
 知ってはいたが、ワタシは知らないフリをした。
「お辛い経験をされたのですね。澤村がここのところ遠い目をしていたわけだ」
「おじょうずね。布団敷く?」
「……はい」
 体調が悪いなら横になるのは当然か。ワタシが着替えている間に布団は敷かれていた。
「ありがとうございます」
 疲れていたのだろう、ワタシはそのまましばらく寝ていたらしい。
「ただいまー。イラいるかー」
「お邪魔しまーす」
 メーコと有也が来たのか。ワタシは枕から頭を上げられなかった。そんなに大変なことをした覚えはないのだが。
「イラさん、大丈夫?」
 メーコがワタシをのぞき込んでいる。大きな目は何かを察知したらしく細められた。
「盛られたのね」
 食堂の食事がまずかったのか。ナシキが途中で食べるのをやめたのは、そういう理由からか。
「遅効性の毒。たぶん効いてる間に連れ去ろうと画策していたんでしょうけど」
「メーコ、何言ってるんだ?」
 有也は状況を理解していないらしい。むしろそれが普通なのだ。メーコが、ワタシの食事に毒が盛られていたのだろうと手短に説明した。
「梨希さんが?」
「違うと思うよ、澤村。だって御堂大で毒を盛る必要はないから」
「なんで」
「大学に手を伸ばすくらいなら、もっといろんな、不特定多数がいるところの方が目立たないから。研究所の人だって学生の中にいたら目立つじゃない」
「学生だと年齢層が限られるから」
「そういうこと」
 学校は特殊な空間だ。社会では異年齢が当たり前なのに、学校は同年齢が前提だ。変装でもして学生のフリをしない限り、目立つ。
「困ったなぁ。現在記じゃイラさんの体調を戻すことはできないんだよね」
「その前に研究所の奴らが来たら逃げられないよな。イラ、そして俺に研究所について説明しろ」
 ワタシはぼんやりした頭で言葉を探す。
「何から話せば良いんだろうね。ワタシは、物心つく前に両親に売られたんだ。立派な人身売買だよ。両親はきっと、ワタシが怖かったんだ。後から聞いたところによると、ワタシはめったに笑わなくて、笑った後には無関係な人が死んだそうだからね」
「イラさんの特異体質は昔からなんだね」
 メーコが相槌を打つ。
「だから研究所から、ワタシの記憶は始まるんだ。そこにいたのが所長の花姫、研究員の零落とそれからユキだね」
「あ、そのユキさんって」
「さすがメーコさん。分かってるみたいだね」
「メーコが分かっても俺が分からないと意味ないんだよ」
「聞いたら死ぬほど後悔すると思うよ。まぁ、その3人に実験動物(モルモツト)よろしく変なクスリ飲まされたり妙な暗示かけられたりして、社会に戻ってきたのが小学校後半に入ってから。ワタシが小学4年生、清にぃが6年生の時の話だよ」
 饒舌になっていると自分でも思う。
「よく、喋るな」
「キミが説明しろって言ったんじゃないか」
 ワタシはメーコが一瞬三日月の笑みを浮かべたのを見た。ワタシやその他奇会都市のメンバーはなんとも思わないが、有也が見たらぞっとするだろう。幸いと言うべきか、有也は気づいていないようだった。
「ワタシが紫条清和なる人物を清にぃと呼ぶのも、そうでもしないと実の兄貴だと思えないからなんだ。兄=清和という図式が成り立たなくてね」
「清にぃが『僕のことは清にぃって呼んでくれ』って言うのは、じゃあ」
「気に入ったんだろうね。ワタシから清にぃって呼ばれたのがよほど嬉しかったんだろう」
「清にぃの考えそうなことだな」
「イラさん、そろそろ喋るの、やめて」
 メーコがノートを取り出した。今何を現在記するつもりなのか。
「澤村も、イラさんのことは、一切、無視」
 ドアが開いた。
 入ってきたのは、空ろな目をしてお盆を持った有也の母。話しておきながらその可能性を考えていなかった。
 機械装置研究所は、人間に暗示をかけて操ることを大の得意分野としているのだ。
「有也、紫条くんは」
「いや、さあ」
 メーコが何回も同じことを書く。せいぜい2、3分しか効力のない現在記、持続させる時間は短くしなければ。
 メーコのノートを見ると、「イラは澤村の部屋にいない」と書かれていた。
「さっきまでいたでしょう」
「俺が来た時はいなかったよ」
 ワタシは、なんとか起き上がり、身の回りのものを持つ。そっと部屋から出るとまでの数分の沈黙。
 装置は混乱していて、有也の母に新たなプログラムを生み出せずにいる。ワタシは有也の部屋を出た。
「紫条くんは……」
 ワタシは澤村家を出る。