Meycough Works

+3+

  1. novel
  2. 奇会的光陰観測
  3. here

イラは有也の母の目には控えめな文学青年と映ったようだ。まちがってはいない。イラは時間があれば本を読んでいるし、自分の主張を強烈に行う人間でもない。時間があればというのは授業中も含まれているようだから、まじめではないのだろう。そもそもサボり魔と本人がいつだか言っていたような気がする。
「男の子だからたくさん食べるわよね。紫条くん、何食べたい? そんな高いものは出てこないけど」
「カレーが、食べたいです」
「そんなに遠慮しなくて良いのよ?」
「いえ。家庭の味って、ワタシあまり知らなくて」
 わたしも虚を突かれた。
 イラはごく普通の家庭で育ったわけではない。おふくろの味を知らないに決まっている。
「そう。お口に合わなかったらごめんなさいね」
 有也の母も察したのだろう、それだけ言って2階に上がっていってしまった。
「で、だ。メーコさんにお願いしたいことがある」
 そこらへんの少年にしては冷めている瞳でイラは言う。
「わたしにできることなら」
「みんなに伝えて欲しいんだ。ワタシは今携帯電話の類を持ち歩けないしね。研究所が奇会都市のフリして事件を仕掛けてくるはずだ。加勢するも抵抗するも好きにしてくれて良い。ただ」
 イラはそこでふっつりと黙った。
「ただ?」
「ワタシに関して訊かれたら『知りません』の一点張りで頼みたい」
 研究所が殺人なんて厭わない組織であることは容易に想像がつく。それは有也も分かっているはずで。
「メーコ、事件なんか起こすなよ」
「澤村には止められないよ。わたしは奇会都市の一員なんだから」
 有也に止められるわけがない。
「殺されるな」
「それはもう、もちろん。わたしだって自分の生命は大事だからね」
 そういうことを言いたいんじゃなくて、と有也は言ったが、その後に言葉は続かなかった。言いたいことはもちろん分かる。殺し合いなどするななどと言いたいのだろう。分かってはいたが、わたしはそれを言葉にはしなかった。
「澤村。奇会都市命名者のある言葉を紹介しておこう。機械は決められたことしかできない。奇妙の都市(まち)の住人も、反社会的と決められたことをする。詩的すぎるきらいがあるがね」
「それ言ったの、梨希さん?」
「そう。ナシキがワタシを筆頭にして集団の名前を決めたんだ」
 彼女ならではの面白い理屈だ。清にぃの彼女、更科梨希。女子大生で清にぃよりひとつ年上、自称魔女。まわりも魔女だと認めて……いるだろうか?
「なんでイラさんがリーダーなのか、わたしずっと疑問だったの。そっか、梨希さんが決めたんだ。なら、分かる気がする」
「なぜそこで納得されるのか分からないんだが」
「梨希さんと約束したんでしょ? じゃあ約束は守らないと」
 イラの目が大きく見開かれた。知らないと思っていたのだろう。でも残念ながらわたしは予測を立ててしまっている。
「ワタシは約束したわけじゃない」
「……まさか三角関係なのか?」
 有也の平和すぎる突っ込みに、イラも反論する気をなくしたようだ。
「違う。断じて違う。約束は将来を誓い合ったとかそういうタイプの約束じゃない。ワタシの未来記を試したナシキが一方的に宣言してっただけだ。いや、未来記を試すより前に宣言してったな」
「澤村が色事の話するのも珍しいね」
「俺にはそれくらいしか思いつかなかったんだよ」
 怒って有也が言う。
 わたしとイラが話し出すと、大体ふたりの会話で完結してしまう。本気で議論した場合だが。
「泊まってくんなら泊まってけ。でもおまえ、身長高いから俺の服着られないよな」
「大丈夫。旅行のつもりで必需品は持ってきた」
「逃避行を旅行と呼べるだけの精神の余裕はどこから生まれてくるんだよ」
「澤村、イラさんの感覚を常識ではかろうとしちゃだめ」
 わたしの言うことに同意したのか、有也はそれ以上言葉を重ねなかった。イラが思い出したように言う。
「ホテルに泊まるのも手だったかもしれないな」
「おまえまず最初にそれ考えろよ」
「じゃあイラさん、澤村、わたしは失礼するね」
 時計を見れば、思ったより時間が経っていた。有也もそれに気づき、
「送ってく」
「いい。やりたいことがあるから」
 とっさに「やりたいこと」がなんなのか分からなかったらしい有也に理解する時間を与えず、わたしは澤村家を後にした。
 吹く風は既に冷たい。バス停まで歩いてきたところで、地面にこの場に存在しないはずの影がしみ出してきていることに気づいた。影はどんどん濃くなり、やがてイラとよく似た少年が現れた。
「清にぃ、わたしめがけてとんできたんですか」
 紫条清和、イラの実兄である。わたしと同じ白陽高校の、ふたつ上の先輩だ。制服を着ているから学校の帰りにテレポートしてきたのだろうか。清にぃの特殊能力は転移だ。知ってる場所か知っている人のところに移動できる。
「大体まちがってない。イラの奴も一緒にいるだろうと思ったんだけど」
「さっきまで一緒にいましたよ。研究所から逃げてるそうです」
「あいつが機械装置研究所のこと喋ったのか?」
 清にぃはそこに驚いたらしい。
「正式名称、それなんですね。わたしもなんとなくそうかなと思える論拠があったので聞いちゃいました。清にぃはイラさんのこと探してたんですか」
「電話通じなかったからなんかあったのかと思ったんだよ。しかし研究所はなんでまたこっちにちょっかいを……」
「花姫の考えることは分からないってイラさん言ってました」
 バスが来た。わたしと清にぃはバスに乗り込む。
「研究所の相手をするのは厄介なんだ」
 バスががらがらのまま発車する。わたしと清にぃはふたり掛けのシートに腰を下ろした。
「花姫しかり、零落しかり、ユキしかり。この三人しかいないのに、研究所は研究所として幅を利かせている。警察も介入できないし、暴力団みたいなアウトローも従うしかない。そういう人たちなんだ。僕らが転移や現在記を扱えるのと同じくらい、彼らは有効な武器を持っている」
 零落とユキ。どちらかが青柳黎明のはずだ。清にぃは事実だけを列挙した。
「僕らが敵う相手じゃないんだ。でも戦わないといけない」
 清にぃはため息をつく。
 わたしには、何ができるんだろう。